東京から北海道に移住する記録

2024年4月の北海道移住に向けて書きます

仕事②退職メールを考える

9月*日。

退職メールというものについて考える。

 

 

退職メール。

いままでにも何通か、もらったことある。

でも、それをもらった感想。

「もう辞めちゃったんだったら、返事書けないじゃん」。

 

退職メールとはたいていの場合、勤務最終日に各関係者にむけて一斉送信されるだろう。

だから、そのメールにどんないいことが書いてあっても、
そして、その人にどれだけお世話になっていて、退職が寝耳に水であっても、
伝えたい言葉があっても、返信したとてもうすでに本人の目には触れないのだ。

 

なんだよー、言いっぱなしでいなくなるのかよ。

というのが、正直な感想であった。

 

内容は、どれも覚えていない。

だいたいが、

「辞めます」
「いままでお世話になりました」
「いろいろ迷惑かけてごめんね」
「これからもがんばってください」

を組み替えたバリエーションだから、ななめ読みして「そっかー、〇〇さん辞めちゃうんだ」と思う程度。

 

しかし、である。

次は私が辞める側だ。

退職メール、送ってみるかなという気持ちになっている。

 

 

前、働いていたところをやめたときは、
正直、どーでもいいと思って辞めたので
全員の前での挨拶はしなかったし
挨拶しに来られるのも嫌だったので、定時より30分早く上がって逃げるように職場を出たのだ。

今思うと、「挨拶をしないで去ること」をかっこいいと、考えていたのだろうあの頃は。

 

でも、今の職場を去っていった先輩たちの
(メールではない、)職場での退職の挨拶の場に何度も立ち会ってきて

そうか、きちんと挨拶をして去っていくのは、職場での最後のマナーなんだな、

と気づいた。

 

いろんな人がいた。

ひとりひとりに手紙をくれた人。
10分近くのスピーチをした人。
職場に残る私たちを哀れんだ人。
挨拶の途中で泣き出した人。
挨拶も、色紙や花束といった記念品も拒否した人。

それぞれに、それぞれの思いがあったのだろうけれど
私は次は、きちんと挨拶をして去りたいと思っている。

 

今の私は、「きちんと挨拶をして去ること」をかっこいいと思っているのだ。

 

正直言うと、色紙とかメッセージカードとかは処分に困るのだけど、
あれは、もらう側ではなく書く側の気持ちのやり場として必要なんだなと
記念品を拒否した先輩を送った時に思った。

 

もちろん、自分としても
今の職場への、一緒に働いてきた人たちへの、最後の気持ちの整理の場だし
今度はちゃんとしておくか…という感じ。
通り一遍の、よくある「退職のご挨拶」文例だとしても
それが儀式として区切りになるのなら、ちゃんとやっておいてもいいかもな、と思っている。

 

儀式かー、そうか。

いままで受け取ってきた「退職メール」も、儀式だったんだな。

マナーじゃなくて、儀式か。なるほどね。